変化無くして進歩なし。自分の考えを変えられないものは何も変えられない。 バーナード・ショー(英劇作家)

こういう話題にはちょっともったいぶった始まりだけど許して欲しい。

次のような光景を思い浮かべてみよう。これは誰もが通った道だから想像できるはず。
そのバンドのメンバーだったりプロモーターだったりかなりのメタルヘッズであったりするような君の友達がオススメするロックショーの光景を。君はこういった売り文句を聞いただろう。

「オーイェー!こいつはすげえことになるぞ!ソウルイーター※、チェーンソー手術※、中絶したロバの胎児※、が全部一つのビラに載ってやがる!おい、これはロォォォォォォォックなことになるぜ!」などなど。(※:デスメタルバンドが使う典型的イメージ)

そしていつもの夜が始まる。

高速のドラムビート、ブリッジ・ミュートの重々しいギターリフ、唸り声、金切り声、虐殺や大量殺人や拷問やとにかくおばあちゃんが喜ばないもの全てについての血で血を洗うような歌詞。ほぼ解読不能な藪のような文字のバンドロゴが印刷されたTシャツが積み上げられた商品棚。いろんな具合に腐敗し切断された死体の山の絵の頂上にどっかりと座りこむ。血に植えた殺戮の狂乱の中で興奮し、騒ぎ、飛び回る奴ら。

意地悪な上司や気まぐれな元カノがプレイ中の曲が描く拷問と嗜虐の被害者になっているイメージで心を満たす……

さて、今描いた様な事は現代の音楽には居場所はない、などと本当は言いたくは無いが、君にも考えて自問して欲しい。こういうのはもう古臭い退屈なものと思わないかどうか。

BABYMETALに参加しよう。

日本は豊かで成功した音楽文化を西欧に輸出してきた。伝統的民族音楽、戦後のジャズ、渡辺貞夫、Hide(悲しいことに、今でも争点になる方法で故人となってしまった)がいた頃のX-Japanなど、この国は度々海外のオーディエンスの獲得に成功している。この国は完全な均質社会と説明されること多々であるにも関わらず、輸出されたその音楽と文化については世界から驚くほどユニークであると評価を受ける。

西欧と世界でのBABYMETALの怒涛のような成功は、まさにそういった日本の音楽文化の典型例である。

2000年台初頭、KornやLinkin ParkやLimp Bizkitがメタルのルールブックを破り捨て、メタル純粋主義者に中指を立て、ぶちのめし、完全に新しいジャンルを打ち立てたNu-Metal革命。BABYMETALは、その革命以来の最もエキサイティングなオリジナルのサブジャンルが、いかに西欧だけのものと思われたコンセプトを取り上げ、技術的構成的観点から分析し、日本音楽の様式に同化し組み合わせ、創り上げられたのかということを示す実例なのだ。

高速のドラムビート、ブリッジ・ミュートのリフ、壮大なソロといったほぼデスメタルのスタイルと、甘ったるいJ-POPのサビ、さらに高度に様式化された振り付けの融合は、尊敬されているメタル・ジャーナリスト達とメタル批評家たちからの多数の賞賛を勝ち取り、BABYMETALは一つのインターネット上のセンセーションとなった。

これは多かれ少なかれ”ギミチョコ”のMVの大ヒットによるもので、これが利益をもたらす欧米マーケットへの足がかりとなった。

しかし、ベビメタは欧米でどう認知されるのか?ベビメタは実質を伴わないぱっと見の良さにかなり依存しているとも取れる表現スタイルだし、かつインタビューなどでは用意された脚本通りにしか受け答えしないと見做されている。一体どのようにこの極端に賛否の別れるアクトが音楽ファン一般に膾炙するのか。色々混ざったファンのリアクションは一つの一番わかり易い答えになりうるだろう。

たくさんいるのが、古参のメタルファン、ケツが傷だらけでとにかく高いところから身を投げ出したがる過激なメタラー、骸骨メイクの集団。一方で、音楽メディアの業界人もいるし、もっと伝統的なグループの中のほうにはBABYMETALのように新しい風を吹き込んでくれるものであれば両手を広げて歓迎するというような人々もいる。

古い慣習を打ち破り既存の筋書きを書き換えたアクトが名声を得るのがサブカルチャーの方程式だが、それはBABYMETALの上っ面をなぞる見方にすぎない。
ベビメタに関心を寄せるYoutubeのコメントやMetal Hammer誌(長く情熱的なベビメタ支持者)のいくつかの記事も、そういった見方の一つ。彼らはベビメタファンにではなく、ベビメタ批判者たちが短気を起こしてベビメタの曲を聞きもせずにベビメタやその新しいジャンルについて豊かな説明口調の言葉を費やして罵倒する滑稽な様子に言及しているが、もっとベビメタファンそのものを見るべきだ。

それは怒りから来る罵倒なのか?恐怖からか?

その恐怖は、独自の不過触性により以前から批判不可能で不可侵と考えられていた大切な慣例が、解体され、別のものへと変わっていくことに対するものだろうか?もっと言えば、それが大企業の最終兵器や、全ての格下バンドを巻き込んで轟々と暴れ回り跡には死屍累々…といったパワフルな新人によってではなく、イジメとチョコレートについて元気に歌う3人の笑顏の日本人のティーン・エイジャーによって惹き起こされているからだろうか?

メタル純粋主義者たちの怒りは、BABYMETALがメタル業界から広く支持を受けている様子を見て更に悪化する。BABYMETALチームはメタル界の偉人たち-AnthraxからMetallica、 Corey TaylorからMarty Friedmannに至るまで-を呼び出して業界から支持・支援を集めているが、あるメタルヘッズたちにとってはそういった大御所たちがバカバカしい一発屋のナンセンスなアクト(つまりBABYMETAL)への支持を表明することは、非常に大きな落胆を誘うものなのだ。

BABYMETALのもっと注目されるべき点は、いかに今まで日本文化について知らなかった西欧人の目を見開かせ、日本文化への入口となったか、という点だ。

西欧社会の”日本はオカシイ”という見方は長いこと確立している。

それは西欧のニュースソースやウェブサイトやテレビ番組が長いこと目立つ・異常な文化を捉えて風刺する簡単なお仕事をしてきたことによる。

それに対し、新たにベビメタファンになった西欧人たちは、とっぴなものとしてよく知られた日本のポップカルチャーのもっとリアルな様子を世に供給しながら、伝統的なもの現代のもの両方の日本の音楽を掘り下げていき、そして、日本のライフスタイルの実像に切り込んでいっているのだ。

他でもなく、ここ、西欧で。

愛するにせよ憎むにせよ、無関心にせよ熱狂的で偏執的なファンにせよ、何がこの究極的に伝統的・教条的なメタルというジャンルの核心なのかというテーマで、BABYMETALは議論や論争を呼んできた。

今、人々が興奮し魅了されている新しいブツを打ち込まれて泣き叫んでいるジャンルについての論争を。

音楽界の主流から遠ざかり端っこに追いやられ、一部の永遠にそれを追求している人達に引き渡される危機に瀕していた老いた獣にBABYMETALは新たな生命を吹き込んだ。

多少なりともメタルのジャンルで成功してやろうとしているインディーのバンドたちの間では「このシーンを盛り立てて行こうぜ」というのがスローガンになっているが、最終的にその目標に到達するためにも、BABYMETAL現象は既存のバンドたちに、もっと新しいアイデアを出してオーディエンスを楽しませ、新たな融合・複合スタイルを打ち出してファンたちを魅了し続けるようもっと努力するよう促している。

ビバ!カワイイレボリューション!

オドロオドロしいメタル?ああ、昔主流だったやつね……

原文:Kawaii, Chokorēto and why the world said HAI to Babymetal
翻訳:MATARICA